大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和29年(オ)738号 判決

仙台市中島町四六番地

上告人

佐久間はるの

右訴訟代理人弁護士

菅原秀男

仙台市船丁四五番地

被上告人

旭殖産有限会社

右代表者代表取締役

石原謙太郎

右当事者間の債務不存在確認等請求事件について、仙台高等裁判所が昭和二九年六月八日言渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人弁護士菅原秀男の上告理由第一点について。

原判決は要するに、訴外相原丑蔵は代理権を踰越して、代理権なきに拘わらず上告人の代理人として本件根抵当権設定契約及び手形の振出をした事実を認定しているのであるから、何等所論のような前後矛盾する事実認定をした違法はない。論旨引用の判例は本件に適切でない。論旨は採用できない。

同第二点について。

原判決は、前点説示のとおりの事実を認定したのであつて、所論のようにこれについて代理権を有した事実を認定していないのであるから、所論は原判示に副わない主張であつて上告適法の理由とならない。引用の判例は本件に適切でない。

同第三点について。

原判決は、上告人がその成立を否認する乙一号証(上告人名義の約束手形)、乙二号証(根抵当権設定契約書)、乙三号証(上告人名義の印鑑証明願)及び乙四号証(上告人名義の所得税確定申告書)を同判決挙示の他の証拠と綜合して、判示事情(上告人が訴外相原丑蔵に判示のような委任をして自己の印章をも同人に託し丑蔵が判示のような事情から右印章を使用して本件根抵当権設定契約書及び約束手形を作成した顛末)を認めたが、右乙各号証が真正に成立したものである理由を判示するところがないこと所論のとおりである。けれども、原審は私文書である右乙各号証の思想内容を右判示事情認定の証拠としたものではなく、単に右乙各号証の存在自体を証拠としたものであつて、すなわち、右乙各号証における記載文字や上告人名下の印影等の形状を相互に、又、原審における丑蔵の証言とも対照して右乙各号証が上告人より丑蔵に預けてあつた印章により作成された事実を認めた上、この事実と挙示の諸証拠とを綜合して前記判示事情を認めたものである趣旨は判文上明瞭である。そして、かように、文書の存在自体を証拠とする場合には、その文書が真正に成立した事実は必しも証明せられることを要しないから、その真正に成立したというような理由を判決中に判示するを要しないと解すべきである。従つてこの点についての原判示には所論のような違法はない。引用の判例は本件に適切でなく、論旨は採用できない。

同第四点について。

所論は違憲をいうけれども、その実質は民法の解釈適用を非難するに帰する。原審は上告人が相続により佐久間活版所の経営権を取得しその経営に関して訴外丑蔵に判示の委任をしたのに丑蔵が上告人の代理人(表見代理人)として判示契約及び手形振出をした事実を認めているのであるから、上告人の外に民法上共同相続人があつたか否かは右表見代理の成否に影響しない。論旨は採用できない。

同第五点について。

原判決挙示の証拠によれば原判決の認定事実を認めることができる。所論は証拠の取捨、事実認定を非難するものに過ぎず、引用の判例は本件に適切でない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 垂水克己 裁判官 島保 裁判官 小林俊三)

昭和二九年(オ)第七三八号

上告人 佐久間はるの

被上告人 旭殖産有限会社

上告代理人弁護士菅原秀男の上告理由

第一点 原判決は「同一の証拠によりて前後矛盾する事実認定を為すことを得ない」とする大審院判例(大正拾四年(オ)第七百四拾九号同拾五年弐月弐拾弐日、民一判、判例拾遺一巻民四拾弐頁)に違背せる違法があり、到底破棄を免れないものと信ずる。

原判決は、其の理由中段に於ては、乙第一乃至第四号証、証人川村幸七郎、同相原丑蔵(一部)、佐久間ツネ(一部)、被上告人、本人尋問の結果を綜合し、右訴外丑蔵は、被上告人の経営する、佐久間活版所の経営一切を引受け、其の代理人として活動し、本件根抵当権設定及び、約束手形の振出も、同訴外人が右委任を受けた事業遂行のため、被上告人から、与えられた権限に基いて、被上告人の代理人として該行為をなした事実を認定し「以上の事実に鑑みれば、訴外丑蔵のなした前示根抵当権設定契約及び約束手形の振出は被控訴人のために、被控訴人を代理してなされたものと認むべきであつて」と判示した。

然るに原判決は、其の理由前段に於ては、「控訴人は、右根抵当権設定及び、約束手形の振出は、訴外相原丑蔵が被控訴人によつて与えられた権限に基いてなしたものであると主張するけれども、この点に関する、原審、証人、相原丑蔵の証言は、措信し難く、他に右主張事実を認めるに足る証拠はないから、控訴人の右主張は、採用し難い」と判示し、右判示は、前記乙第一乃至第四号証証人川村、相原、佐久間ツネ、被上告人本人尋問の結果によつても、右相原丑蔵が上告人の代理人として、本件根抵当権設定契約及び、約束手形の振出をなしたる事実は認め得ないと為したるに外ならぬから、原判決は、同一の証拠を、前後相矛盾せる事実の判断の資料とし、従つて其の判断の当否を知るを得ない不法の裁判たること前掲大審院判決以来の確定せる判例法に徴し、今更云うを俟たないところである。

而も此の違法は原判決主文に影響を及すこと明白であるから原判決は、先ず此の点に於て到底破棄を免れないものと信ず。

第二点 原判決は、民法第百拾条の規定の解釈に関する従来の大審院判例に違反するものである。

抑々民法第百拾条には「代理人か其の権限外の行為をなしたる場合に於て、第三者が、其の権限ありと信ずべき正当の理由を有せしときは、民法第百九条の規定を準用す」とあり右規定の解釈上、右法条は、代理人の権限踰越の行為について、其の適用があること、大審院大正弐年五月壱日判決(民録参百参頁)、同大正弐年六月弐拾六日(民録五百拾参頁)、同大正参年壱月弐拾日(民録拾弐頁)等の大審院判例によりて既に確定せる、判例法とも称せらるべき当然の解釈である。

然るに原判決は、其の理由後段に於て「以上の事実に鑑みれば、訴外丑蔵のなした前示根抵当権設定契約及び、約束手形の振出は、被控訴人のために被控訴人を代理してなされたものと認むべきであつて控訴人において訴外丑蔵が之等の行為をなす権限を有するものと信ずるにつき正当の事由を有したものと云うべきであるから被控訴人は、民法第百拾条の規定に従い、之が責任を負わなければならないものと云うべきである」と判示し、右訴外人に於て、本件根抵当権設定契約及び約束手形の振出に関し上告人を代理する権限あつたものと断定しながら、而もなほ民法第百拾条を適用して上告人の責任を論じているのは、右法規の解釈適用を誤つた違法あるか若しくは、前掲各大審院判例に於て確定せられたる解釈とは異なる見地から右の如く判示せるか何れかによるものにして、かゝる原判決は不法の裁判たること明白であるから、到底破棄を免れないものと信ずる。

第三点 原判決は、左記大審院判例にも違反せる違法がある。

即ち、当事者の一方か他の一方の作成に係ると主張する、私書を提出した場合に於て他の一方か之を否認したときは、裁判所は其私書を採用するに際し、其の成立の真正なる理由を判示しなければならないこと、既に大審院昭和五年(オ)第八九四号、昭和六年三月三十日判決(新聞一二六一号二五頁)に於て明らかなところである。

本事件に於ては、乙第一乃至第四号証は被上告人が、上告人の作成に係る書証として原審に於て提出したのに対し上告人は、全然其の成立を否認したものなることは、本件記録及び原判決の事実摘示に依り明瞭であるから、原審裁判所は、右乙第一号乃至第四号証を判断の資料に供するに当り其の成立の真正なる理由を判示しなければならないものと信ずる。

然るに原判決は、右第一乃至第四号証につき「当審証人相原丑蔵の証言により被控訴人名下の印影が被控訴人より、訴外丑蔵に預けてあつた印章により作成されたことを認め得る、乙第一乃至第四号証」と判示し一応其の成立の真正なる理由を判示したものの如く見えるが、右相原丑蔵の右部分に関する証言は「佐久間はるのの署名も私が書き印も私が押したもので、この印は前に亀太郎の預金を払戻すについて使用するため、私が被控訴人から預つておいた印です。この印を活版所の用件に使用してもよいとは云われなかつたが、私の一存で使用しても差支えないものと思つて使用した。乙第一、二号証も私が押した。」旨のものであつて、乙第一乃至第四号証の印は何れも、訴外相原丑蔵が、上告人に無断で捺印したものであること従つて、右書証は、上告人が作成し捺印したものでは、ないことが、一点の疑もないものであつて、原判示の如き書証の成立を肯認し得る証言ではなく、却つて書証の成立を否認し得べき証言たること明白である。

然らば、原判決は、漫然、乙第一乃至第四号証を採用し其成立の真正なる理由を判示しなかつたことに帰し、前記判例に抵触せるものたること明白で、理由不備の違法あるものであり、而もこの違法は、原判決主文に影響を及すこと、原判決が右書証を採用して上告人に不利なる事実を認定していることに徴し寔に明白と云うべきであるから、かゝる原判決は到底破棄を免れないものと信ず。

第四点 原判決は民法第八百九十条、第八百八十七条、第八百八十八条、第八百八十九条の規定の解釈を誤つたる違法のものである。

即ち、民法附則第一条によれば、昭和二十三年一月一日以降に於ては、右各法条の規定によりて遺産相続が行われ、被相続人の配偶者及直系卑属は、第一順位の相続人として共同して遺産の承継を受けることは、今更異論のないところであり、上告人と訴外佐久間亀太郎との間には、長女ツネ、次女ノブ、等五人の直系卑属のあることも本件記録上明白であり、而も右亀太郎が経営していた佐久間活版所の経営権は、訴外丑蔵にあり、上告人は、右経営権を有していない旨抗争していたことも原判決事実摘示により又明白である。

然るに原判決は、其の理由中段に於て、右亀太郎が昭和弐拾四年四月拾五日死亡したことを認めながら直ちに右活版所の経営権を上告人が取得したと断定した。

右判示によつては、右取得の原因が相続によるか贈与によるか、少しも判明しないところであるが、原判示の記載によつては、右が相続によつて取得した如き判示である以上(然も上告人単独相続の事実の証拠は全然ない)原判決は、右民法の規定を知らざるか、若しくは、前記法条の解釈を誤りたるか、何れにしても、原判決は、前記法条に従わずして裁判をなしたること明白なるに付、この点に於て、憲法第七拾六条、第三項にも違背したる不法の裁判であつて、到底破棄を免れないものと信ずる。

第五点 原判決は、証拠と為すに足らさる、証拠により事実認定をなしたる点に於て大審院昭和四年(オ)第二〇三五号同年七月十七日判決(民一判新聞三一五六号十四頁)に違背せる違法のものである。

原判決は、乙第一乃至第四号証及び証人、川村幸七郎、相原丑蔵(同人証言中本件根抵当権設定及約束手形振出は、上告人より与えられた権限に基いてなした趣旨に該当する部分は除く)、佐久間ツネの第一審並に原審に於ける証言と上告人本人尋問の結果の一部を綜合して「被控訴人の夫佐久間亀太郎は大正四年頃から云々……弁済に充当したものであることが認められる。」と判示し、佐久間活版所は、上告人が経営するものであつて、相原丑蔵は上告人の依頼により右経営に関する一切の権限を与えられて、右経営に従事していたものであつて、右丑蔵が経営上必要な際は使用するようにと上告人から預けられた印章を使用して、右活版所経営のために被上告人より金拾弐万円を借受け本件根抵当権設定及約束手形の振出した事実を認定し、因つて以て本件根抵当権設定契約及び約束手形の振出は、上告人の正当な代理権限に基く適法なるものであると判示した。

然し乍ら

(1) 証人相原丑蔵の第一審に於ける証言の趣旨は、亀太郎は大正四年から昭和弐拾年の夏まで、佐久間活版所を経営していたが、その後病気になつたので経営一切を同証人に委せられたが、同人が死亡する際、同人の枕元に同証人が呼ばれて、亀太郎から直接経営権を譲渡されたが、亀太郎は業界では信用があつたゝめ活版所の名義を相原と替えたのでは信用にかゝわると思い、右亀太郎名義をそのまゝ使用し、税務署の所得申告も亀太郎名義で申告して経営して来たが税務署から亀太郎死亡後上告人名義に書直して申告するようと云われて上告人名義に書替え申告したので、その為上告人所有の不動産が税務署から差押えられた旨のものであり、原審に於ける証言の趣旨は、亀太郎が病気となつたので、昭和弐拾年頃から佐久間活版所の経営一切を右亀太郎から委せられ、経営して来たので上告人や、上告人の子供等も一切右経営権には関知しないところである。税務署え上告人名義で申告したのも、実際は、同証人名義で申告すべきものを上告人から以前に活版所の用件に関係なく、亀太郎の預金を払戻すについて使用するために預つていた印章を冒用し、上告人に無断でなしたので乙第一、二号証の上告人の印も同証人が冒用したものであり、全然上告人には関係ないものである旨のものであり、要するに、佐久間活版所の経営権は、同証人が、佐久間亀太郎より直接譲り受けて経営して来たものであつて、外部に対する信用上、佐久間亀太郎の名義を使用し、只税務署えの申告は同署からの注意もあつたので上告人に無断で上告人名義に申告したものであつて上告人は、右経営権には全然関係なく、従つて被上告人より借受けた金員も同証人が支払うべきものであると云うに帰着する。

而も同証人証言中上告人が、同証人に対し、右活版所の経営に必要な際に使用するようと云われて、上告人の印章を渡された旨の証言を原判決が措信し得ないと判示していること原判文上明らかなところである。

(2) 証人佐久間ツネの証言並び上告人本人尋問の結果中如何なる部分を原審は採用し如何なる部分を採用しなかつたかは原判決によりては、遑として知り得ないのであるが、原判決の如き事実は全然伺ひ知るを得ないのである。

(原判決は、右の如き採用部分不明なる証言をあげている点に於ても違法のものである。)

(3) 証人川村幸七郎の証言の趣旨は要するに乙第一号証(約束手形)は、被上告人の事務所に相原丑蔵が来て、署名押印の上本件金員を貸りて行つたので、その際、財産の調査もしたが、上告人の娘(ツネ)に会つたが、同人は相原に私の実叔父であるから案心して相原に貸して貰つてくれという事であつたから貸したと云うもので、同証人の証言によつても、被上告人が相原丑蔵を信じ、同人に対して貸付けた事実が伺われこそすれ、原判示の如き趣旨は到底伺ひ知るを得ないものである。

然らば、原判示の認定せる、上告人が佐久間活版所の経営権を所有し、訴外相原丑蔵が上告人の代理人として右活版所を経営して来た事実も、右丑蔵が上告人から経営に必要な際に、使用するようにと上告人から印章を与えてくれた事実も、原判決の乙号証並びに前述各証人並に本人の供述からは全然伺い知るを得ず、即ち原判決は虚無の証拠により事実を認定したる違法のものであつて、前掲大審院判例に違背せること明白なるに付到底破棄を免れないものと信ずる。 以上

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